【カンボジア旅行④】キリングフィールドとトゥールスレン博物館。人はここまで残酷になれるのか

カンボジア
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今日の記事は重く、まじめな内容です。

(※ 骸骨の画像があるのでご注意ください)

プノンペンに来た一番の目的は、キリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)とトゥールスレン収容所に行くことでした。

プノンペンに着いた翌日、1日かけてこちらを見学しました。

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キリングフィールドとトゥールスレン収容所とは

一応説明すると、この2つは、1975年~79年に国を治めていたポル・ポト政権(クメールルージュ)が、反革命分子とみなした人々を収容、拷問し、処刑するのに使われた場所です。

たった3年8か月間の間に、人口の約1/3である200万人が殺されたと言われています。

カンボジアでたった40年前の出来事だということに驚きます…。

人によってはアウシュビッツより重く感じるというこの施設、覚悟していきました。

…が、やっぱり重い。重すぎる。

今でも正直、自分の中で消化しきれていません。

キリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)

先に処刑場であるこちらへ行きました。

プノンペン市内からトゥクトゥクで約30分で着きます。

入場料は6USD。オーディオガイドも含まれているので聞きながら周ります。

案内がなければ普通の公園に見える場所ですが、刑務所に収容されていた人たちがここに運ばれてきて次々と処刑され、埋められていました。

驚くのがその方法。

銃弾は高かったため、身近にある農具などで殴られ殺されていました。

このヤシの木のギザギザした葉は、本来鶏を絞めるのに使うものですが、これで人間の喉をかき切って殺していました。

キリングツリー。

母親の目の前で赤ちゃんを幹に打ち付けて殺していたところ。

見つかったときは木に脳味噌、血痕、髪の毛が付いていたと語られていました。

マジックツリー。

人々が殺されるときの叫び声を近隣の農民に聞こえないように、大音量で音楽を流していました。

その音楽が再現されているのですが、とてもリアルで今でも耳にこびりついています…。

人々が来ていた衣服。

8985柱の遺骨が安置された慰霊塔。

それぞれ、どんな器具で殺されたかがシールで分類されていました。

ここにはたくさんの遺体が埋まっていたそうですが、今でも雨季になると遺骨や衣類が見えることもあるそうです。

トゥールスレン博物館

次に刑務所だったこちらへ。

入場料は3USDで、オーディオガイドは別途3USD

刑務所と言っても、受刑者は罪のない人たちで、知識人、教師、医師などだけでなく、ただ眼鏡をかけている人、手がきれいな人(労働をしていないとみなされる)という理由だけで収容された人もいた場所です。

私はある程度事前予習していたのと、これ以上耳で受けとめる自信がなかったのでオーディオは借りませんでした。

ここは元高校だった場所で、主に4つの棟から成り立っています。

A棟にある拷問に使われた部屋とベッド。同じような部屋がいくつもありました。

同じく拷問に使われた器具。吊るし上げ、その時に出た排泄物の壺に顔を入れるという…。

棟内には残酷な拷問を描いた数々の絵が展示されていて、使われた器具もありました。

クメール・ルージュの兵士たちの多くは少年兵だったそうですが、よくそういうことができたな…と思います。

B棟には収容された人たちの顔写真が一面に。

C棟は狭い独房がずらっとあり、場所によっては血痕がそのまま残っていました。

ここを生還できたのはたった7人だそうです。

生存者の方が1人、外で本を売られていました。

見終わって中庭のベンチに座っていたら、隣にいた欧米人男性がずっと涙を流しながらオーディオガイドを聞いていました。

他にも泣きながら聞いている人が何人かいました。

それぐらい聞くのが辛い内容だったと想像がつきます…。夫はガイドを借りていたので後から一部内容を教えてもらいました。

2つを訪れてみて…

ポルポトの理想の共産主義社会をつくるためにこういった虐殺が起きた訳ですが、本当に狂気の沙汰としか思えませんでした…。

同じ国民を、なぜここまで。

人はここまで悪になれるのかと考えさせられます。

どちらもつらい場所ですが、訪れる価値はあります。

他にも近代史で大量虐殺をした指導者はいますが、その1つを知る場所として…。

プノンペンのリバーサイド

見学をしてから昼食後、重い気持ちを気分転換にリバーサイドを散歩しました。

このトンレサップ川・メコン川はチャオプラヤ川と同じくにごっています。

ただ周辺は市民が普通にくつろいだり遊具で遊んだりしていて、見ていて和みました。

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